準備されています。
まず一カ所目は、島内北東部の奥浦地区にある池です。
大きさは２ｍ×４ｍほど。
これは島内有志によって今年つくられたもので、小川のそばにあります。
もともと水田だった土地で、水が湧いており、穴を掘ったら自然に水がたまって
池になるような場所のようです。
ここは今、アブラボテの飼育池として実際に使用に耐えるものか様子見がなされています。
冬でも水が涸れないかなど、とりあえず一年のようすを見て見極めようということなのだそうです。
これは大変重要な作業だと思います。
池には、新たな水辺をめざとく見つけた生き物たちが次々と棲み着きはじめました。
クロスジギンヤンマやコシアキトンボなどが産卵し、オタマジャクシやマツモムシ、
イモリもいます。やがてアブラボテもここに加われるでしょうか。
この地域は、子どもたちの自然観察会がしばしば行われるなど、自然教育に熱心な
方々がいるようです。アブラボテの放流も、そうした意味で地域から待ち望まれているとも
聞いています。
そして2カ所目の池は、島内中央の二本楠（にほんぐす）エリアにあります。
ここにはメダカの飼育のためにつくられた10以上の小さな池があり、所有者の厚意に
よって使用許可を得ています。実際、2012年8月22日に100匹のアブラボテの幼魚が
放流されました。
この二本楠の池については、ある方によって縁を持つことができたのですが、
これについて書いておかねばなりません。
2012年6月29日、私は島内の六方（むかた）地区の道路脇にバイクを止め、ムラサキシキブと
いう植物の写真を撮っていました。すると、横に白い軽トラが横付けしてきたのです。
そして運転者が話しかけてきました。その方はＫさんという方で、毎年9月、大瀬崎でお会い
する地元の野鳥写真愛好家でした。大砲のような巨大レンズを持っており、それを使ってハチクマ
やカワセミなど、島内の野鳥の写真を熱心に撮り続けていた人です。
私はこの方と大瀬崎で二言三言の言葉を交わしたことがあるだけで、特別な親交があるわけ
ではありませんでした。それでも、私を覚えていてくれたようで、写真を撮っている私を見て
「たぶんそうだと（私だと）思った」ということで話しかけてきてくれたのです。
「何の写真を撮っているのか」、と聞かれたので説明をしました。するとそのあと、Ｋさんは
「そういえば、ビジターセンターのＤ君と、なんで休耕田ば探しよったと？」と尋ねました。
Ｋさんは、Ｄさんと私がアブラボテの保護のために休耕田を探している会話を耳にしていた
（※Ｄさん自身も、直接Ｋさんに説明されていたそうですが）ようでした。
意外な展開でしたが、私は、福江にアブラボテという絶滅に瀕した魚がいること、その保護の
ために池をつくろうとして、休耕田を探していたのだと答えました。
するとＫさんは、「それなら兄が、使えるかもしれない池を持っている」と言って、その場で
お兄さんに電話をしてくれました。そして、お兄さんの同意を得て、時間があるときにそこへ
案内してくれるというのです。
そのようなことで、その翌日にＫさんのお兄さんが持つ池に案内してもらいました。
池は島内中央の二本楠（にほんぐす）に近い場所にあり、一カ所に10以上の池が並んでいました。
大きさは畳２畳〜８畳ぐらいで、深いものでは７０〜８０センチほどの水深があります。
わき水を水源とし、冬でも水が涸れないといいます。昔は水田だった場所で、Ｋさんのお兄さんが
メダカの品種を飼育するためにつくったのだといいます。
アブラボテの飼育にも向いた池と思えました。そのあとＫさんはお兄さんに引き合わせてくれ、
池を使ってよいという承諾を得ることができたのです。なんという幸運でしょうか。
下の写真は、後ろ姿ですがＫさん（手前）とお兄さんで、６／３０日に池とは別の水路を案内して
くれた時のものです。数年前にこの水路の掃除をした時、大量のマツカサガイ（アブラボテが産卵する
貝）がとれたということで、わざわざ連れて行ってくれたのです。
この2日後、私は仕事のために福江を離れました。そしてそれから間もなく（7月）、「計画停電」で
電力供給がストップする恐れがあるので、北九州で繁殖中の福江産アブラボテの一部を福江に
移送できないか、という話が来たのです。奥浦の池は要経過観察でまだ使えず、川も改修工事が
済んでいない現状では、二本楠の池はまさに格好の放流場所です。偶然としては出来過ぎの、
奇跡のようなタイミングで縁ができたのでした。
北九州から福江へのアブラボテ輸送は８／２１日に決定。
そして無事にアブラボテの幼魚100匹が福江に到着し、その翌日、放流の前にＫさんのご自宅を
訪ねることにしました。このたびのお礼を改めるとともに、ようやく福江に戻ってきた幼魚の姿を
放流前にぜひお見せしたいと思ったのです。
しかし、玄関に出られた奥様から聞いた言葉に絶句しました。
Ｋさんが８／３日に亡くなられたというのです。
池にご案内いただいてから一ヶ月あまり、享年58歳という若さでした。
思えば池へ向かう車の中、Ｋさんは自身が現在がんを患っていてそれがかなり進んでいると
いうこと、今年も9月の大瀬崎には行きたいが（ハチクマの渡りの撮影のため）、どうも体力が出なくて
難しいかもしれない、と言っていました。それで福岡に治療に行くともおっしゃっていたのですが…。
奥様によれば、治療先の福岡から福江に戻り、しばらくしてから急に亡くなったとのことでした。
野鳥に強い関心を寄せていた方でしたが、最近は、アブラボテが池に放流されるのを
楽しみにしていたそうです。お孫さんを連れて、鐙瀬ビジターセンターにも行ったとか。おそらく
飼育展示されているアブラボテを見に行かれたのでしょうか。
放流は残念ながら間に合わず、直接Ｋさんにお見せすることはかないませんでしたが、仏壇の前で
Ｋさんにアブラボテ幼魚を掲げました。Ｋさん、あの池に、今から放流に行ってまいりますよ…。
奥様によれば、私を池に案内してくれた頃が最後のお元気な時だったようです。
Ｋさんは、人生の最後の時間を、アブラボテのために割いてくれました。
絶滅に瀕する福江のアブラボテに力を与え、旅立っていったのです。
北九州からのアブラボテ幼魚が無事受け入れできたのは、ひとえにＫさんのおかげでした。
先ほども書きましたが、それはまさに奇跡のようなタイミングだったのです。
Ｋさん、本当に、ありがとうございました。
(2012.8.24記）