五島列島 福江島の博物誌〜最近の？トピック-24
五島列島におけるカワウソの分布と絶滅
（論文発表）
2016年12月26日、日本哺乳類学会の学会誌である「哺乳類科学」に一つ
の論文（短報）を発表しました。タイトルは「五島列島におけるカワウソの
分布と絶滅」、森林総合研究所九州支所（熊本市）の主任研究員である
安田雅俊さんと私との共著です。
内容は、五島列島の各地区に残る過去の文献調査および福江島在住の
高齢者への聞き取り調査により、近年まで五島列島にカワウソが広く生
息していたことがわかってきたというものです。
カワウソはかつて北海道〜九州の各地に広く生息していましたが、日本
では毛皮や薬種目的の乱獲で激減し、1928年以降は禁猟、1965年には
国の特別天然記念物となりましたが、1990年代に絶滅したと考えられて
います。国内で最後に生息が確認されたのは1975年の愛媛県、1979年
の高知県における記録です。
このようなカワウソですが、長崎県内の離島でも例えば対馬や壱岐には
分布したことが知られているのに、五島列島での生息についてはこれま
で明らかになっていませんでした。
今回、私たちが行った調査のうち、まず文献調査では、例えば次のような
記述が確認されました。
| 小値賀町郷土史（1978) |
| 「かわうそは大正末期頃まで子どもたちがこずかいかせぎによく捕ってい たが絶滅したもののようである」 |
| 郷土誌福江市黄島町(1977) |
| 「めずらしいものとしては、カワウソの鳴き声をかなりの人が耳にしている し、昭和28年泊のカワ（池）でその死体を見たこともある」 |
また、福江島における高齢者への聞き取り調査では８例の証言が得られ
ました。それらは直接カワウソを目撃したりといったものばかりではありま
せんでしたが、非常に興味深かったのは、「オギャーオギャー」と人間の赤
ん坊のような声で鳴くという複数の証言です。さらに特筆すべきは、「友人
が川に浮いていたカワウソの死骸を持ってきたのを見た」という証言が得ら
れ、これが1981年の秋頃とほぼ特定できたことでした。下の図は、証言者
Ｔ氏が直筆で書いてくれた当時の発見場所の図です。
死骸の発見場所は、岐宿町の川原地区。大川原川と小川原川の合流点
付近で、スズキ（魚）が上がってくることから「すずき渕」と呼ばれていた場
所だそうで、現在は河川改修されて当時の面影はないそうです。ただ、
「すずき渕」という名は橋の名前に残されています（写真下）。
証言者Ｔ氏は1922年生まれ。小学生の時には川（鰐川）で泳ぐカワウソを
目にしたこともあると語りました。
今回の調査を主導し、私にも論文としての発表のきっかけを下さった研究
者・安田雅俊さんはもともと、福江島に生息する外来種クリハラリス（タイワ
ンリス）の駆除の研究のために来島されていましたが、五島列島など九州
の離島の哺乳類相について調査をする中で、五島の過去の文献にカワウ
ソの情報があることに気付きました。そして、私のほうは2014年に知人から
「島内にカワウソを見たことがあるという年寄りがまだ存命である」という情
報を得て、共同の調査へとつながっていったのです。調査を終えたのは20
16年１月、論文を寄稿したのが同年３月。その後、査読（簡単にいえば内
容審査）などを経てようやく掲載となりました。
論文が発表された翌12月27日、長崎新聞が報道してくれたほか、12月31
日付けで熊本日日新聞が報道してくれました。
(2016.12.27：長崎新聞）
年が明けて２０１７年１月８日には、長崎市で行われた「長崎県生物学会
第48回大会」にて安田さんと私とで口頭発表を行い、現場で別の新聞の
取材を受けましたので、先でまた報道されるかもしれません。
今回の論文が上がったあとに新たに得られた情報などもあったりするの
で、まだこれからも調査は継続するつもりです。
(2017.1.8：長崎県生物学会）
このたびの一連の作業で強く思ったことがいくつかあります。ひとつは、五
島という地域では、こうした興味深い過去さえ忘れられ、埋もれていこうと
しているということ。そして、五島のような離島でさえ、カワウソは生きていく
ことができなかったということ。現在の、コンクリで固められた河川や海岸
を見るなら、これはカワウソもいなくなるだろうと思います。カワウソが消え
たことは、私たちが何か大きなものを失ったことを象徴しているのではない
でしょうか。
最後の情報を持っているのは、８０〜９０代以上の年寄りだけと言っても
よいでしょう。聞き取りは、戦争の体験同様に、急務といえます。
(2017.1.14)