(2016.2.3：玉之浦町・白鳥神社社叢）
不思議な分布をする珍木
モクレイシ 木茘枝 （ニシキギ科）
Microtropis japonica
絶滅危惧Ⅱ類(VU)…長﨑県レッドリスト2011（改訂版）
九州西廻り分布型植物
(2016.2.3：玉之浦町・白鳥神社社叢）
★分布：関東の一部、伊豆半島、伊豆諸島、九州南部、五島列島、南西諸島
★花の時期：３～４月頃 ★果実の時期：１０月頃
地理的に不思議な分布をしていることで知られる、ニシキギ科の珍しい常
緑樹です。亜熱帯性の樹木とされますが、どういう分布をしているかといい
ますと、まずは東から房総半島南部、神奈川の湘南エリア、伊豆半島、伊
豆諸島。そして、ここからいきなり遠く離れた九州南部、五島列島、南西諸
島に飛んで分布するのです。国外では台湾でも確認されています。
長﨑県では2016年現在、五島列島の福江島、黄島、宇久島、小値賀島、
および男女群島で記録があります。さらにいえば、南西諸島から北上して
見られる亜熱帯性の植物のうち、九州西部に偏って分布する「九州西廻り
分布型植物」のひとつに数えられています。
海岸付近の林内で見られることが多く、成長すると高さ７ｍほどになるとい
います。大木になる木ではありません。
下の写真で、人物の左側に２本の木がありますが、右側の白っぽく見える
木がモクレイシです。左側はスダジイで、ほとんどくっつくように隣り合って
いるため、モクレイシだけをわかりやすく撮影するのは困難でした。
2015年に見つけたこの木は、撮影はしにくいのですが、私にとってはある
意味、記念碑的な存在でもあります。というのは、ずいぶん長いこと探し
続けて、ようやく見つけたものだからです。
福江島にモクレイシが記録されていることは、けっこう前から知っていまし
た。郷土史か何かの文字情報だったと記憶していますが、かなり珍しい
木であるということで、一度見てみたいものだと思っていました。ただ、あま
り図鑑には載っていない植物で、インターネット上も含めて情報に乏しい
状況。そこで、2005年頃だったかと記憶しますが、当時東京在住だった私
は、都内の小石川植物園にあるモクレイシを見に行ったことがあります。
高さ２ｍほどだったかと思いますが、黄緑っぽい色の小さな花をたくさん
付けていたと記憶します。それから、上の写真の木に出会うまで実に１０
年あまりもかかったのです。
（※2012年に、島内の石田城五島氏庭園（五島邸）にある1本は見ていま
した。これについては後述します）
ようやく出会えた1本という話はいったん置いて、葉を見てみましょう。
探す時も、これが重要な手がかりになりました。
常緑の葉は表面に光沢があり、「対生（たいせい）」と呼ばれる付き方を
しています。枝に並ぶ葉が、互い違いの順に付く（互生という）のではなく、
向かい合って付いているのです。五島で見られる常緑樹のほとんどは葉
が互生する種類で、対生する種類は限られているのです。
(2015.3.14：玉之浦町・白鳥神社社叢）
葉の周辺にギザギザ（鋸歯…きょし）はなく、触ってみると革質の触感と
いうか、薄手のプラスチックのような独特の感触です。力を加えて曲げる
たびに「ペコペコ」という乾いた音を立てます。プラスチックの下敷きを、
ウチワのようにして扇ぐ時のような音です。
花は３～４月頃に咲くとされますが、この木を見つけた日に、運よくわずか
に花が残っていました。
数はほんの少しで、雌花であると思われました。モクレイシには雄株と雌株
があるのです。
さて、なぜ、この木を見つけるまでに10年もの期間がかかったのかという
ことですが、それは島内での現在状況が不明になっていたからということに
尽きます。わかる人が、ほぼいなくなってしまっているのです。私は、福江
島のモクレイシに関する過去の情報に頼るほかありませんでした。
1981年発行の資料「五島の生物（長﨑県生物学会編）」には記述が乏しい
のですが、「（モクレイシは）南の福江島と北の宇久島に多い」とあります。
「玉之浦町郷土史(1995)」には、かなり詳しい記述がありました。「白鳥神社
社叢並びにその対岸の井持から井持浦にかけて散在している」「文献には
三月から四月頃に開花するものとして記載されているが、玉之浦町では十
二月下旬から開花する」
これらの情報をもとに、冬から春にかけて捜索をしましたが、道もない林の
中であるうえ、傾斜もきついところが多く、なかなか見つかりませんでした。
白鳥神社の宮司さんを紹介してもらってお聞きしたりもしたのですが、全く
情報は得られずじまい。しかし、あちこち歩き回って空振りを続ける中で、
2015年3月半ばにようやく見つけることができたのでした。
1本見つけたあと、付近で数本の幼木も発見できました。下の写真は高さ
２ｍもない若木です。
(2016.2.3：玉之浦町・白鳥神社社叢）
完全に野外にあるモクレイシに出会うまでにはずいぶん長い時間がかかり
ましたが、2012年には市内の「石田城五島市庭園（五島邸）」敷地内にある
１本を見ています。これはモクレイシとしては相当な大木で、地上高１ｍほど
のところで幹まわりが１２０センチを越えるものです。下の写真、中央に写る
幹が白っぽいものがそれです。
この大木については、五島邸に関する解説文か何かに載っていたと思い
ます。五島邸の方に案内してもらったのですが、以前に誰かが調べに来
たことがあるという話でした。花が咲くのはいつか尋ねたところ、小さい花
がどっさり落ちる時に気がつくけれど、いつ頃かはっきりしないとのこと。
それで、私は冬から春にかけてしょっちゅうチェックしているのですが、い
まだ花をつけたのを見ていません。
(2015.3.14：玉之浦町・白鳥神社社叢）
3年ぐらい前かと思いますが、「五島の自然」という本があるのを知りました。
1969年発行で、当時の五島の学校の先生方が中心になってつくられたも
ので、その中にもモクレイシの記述を見つけることができました。玉之浦
町の白鳥神社の森にモクレイシが「５０余本」があると書かれているほか、
現在の福江市街近く、「頴川（えがわ）橋畔」にモクレイシの大木があると
も書かれていて、私はこれを何度か探してみました。これは現在、「ダケ
眼科」という眼科医院のあるエリアなのですが、それらしい木を確認する
ことはできていません。福江川下流が蛇行して流れていた付近ですが、後
の改修で川は直線化され、あたりの様子がずいぶん変わったと思われま
す。改修工事の際、あるいはその後の宅地造成などの開発の折に伐採さ
れてしまったのかもしれません。1969年当時あったというモクレイシの大木
がどうなったのか、そのあたりの事情を知る人も、この記事を書いている
時点では見つけられていない状態です。
2016年５月現在、国のレッドリストには載せられていませんが、長﨑県の
最新レッドリスト（2011年版）では絶滅危惧Ⅱ類（VU)となっています。
今後は花盛りの状態と、花と同時に見られるという赤い実を見るのが目標に
なりました。
(2016.5.30）
参考資料 「五島の自然」 五島理科教育協会
「五島の生物」 長﨑県生物学会編
「玉之浦町郷土史」
「長﨑県植物誌(2015/中西弘樹）」 長﨑新聞社
「南九州の樹木図鑑」 南方新社
「日本のレッドデータ検索システム」（HP)
「東京農工大学 デジタルアーカイブス 農工大の木」（ＨＰ）
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